A:百面の牛王 マヒシャ
「マヒシャ」は、湖畔地帯に棲息する、ミノタウルスの中でも、特に大柄で凶暴な個体です。……と、説明するのは簡単なんですが、正体が判明するまでに、紆余曲折ありましてね。
当初、目撃証言の多くが、夜間のものだったんです。ある者は、ライオンに襲われたと証言し、別の者は象だった、さらには水牛説もありまして……。私たちが調査した結果、ミノタウルスだと判明したんですよ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「目撃証言みんなバラバラで…。そこで僕は目撃地点近くに野宿して調べてみることにしたんですよ」
どうやらおしゃべりな案内人は今回の手柄話をしたいようだ
「それでようやくわかったんです、そいつの正体がミノタウロスであることが」
ミノタウロスとは神話にも登場する半身半獣の化け物だ。体高は2.5mくらい、筋肉質な屈強な人間の体を持つが頭部は角を備えた雄牛のそれになっていて、言語能力はなくその知能も牛並みで凶暴なうえに人のように二足歩行で両腕が開いているため棍棒や場合によっては戦斧などの得物を使う危険な魔物だ。
「奴の住処まであと少しですよ」
相変わらず楽しそうな笑顔を浮かべて先頭を歩いて行く。
進むにつれ草の生えた緑の大地から岩や石が目立つ茶色い大地へと変わっていき、両側を断崖絶壁に挟まれた地面の割れ目の底のような幅が10mほどの細い道に入った。どうやらこの先は一本道のようだ。
その道を30分ほども歩いただろうか、曲がり道が多くなり死角が増えてきた。道が左に緩やかに曲がり案内人の姿が断崖の壁にかくれて見えなくなった次の瞬間、案内人が慌てて駆け戻ってきた。
「いました!こっちに向かってきます!」
「えっ、どうすんの?ここで戦うのは危ないよ」
こんなところで魔法をドッカンドッカンやれば左右の断崖が崩れ落ちて生き埋めになってしまう。
「大丈夫一旦やり過ごしましょう、あいつ聴力はすこぶるいいんですが視力は弱いんです。だから動くものに反応するんです、音を立てずにじっとしていれば大丈夫」
「ほんとにぃ?」
相方が嫌そうな声を上げる。すると案内人は人差し指だけ立てて唇に当てた。静かにしろという事らしい。あたし達は断崖の壁沿いに張り付くようにして息をころした。
断崖に隠れた道の先から荒々しい呼吸音が近づいてくる。
「動くな」
案内人の口がそう動いた。息を潜めじっとしていると断崖の向こうから巨大な二足歩行の影が左右に揺れながら現れた。
「!」
その予想を遥かに超えた大きさに息を飲んで凍りついた。体高も腕や足の太さも角や顔の大きさも含めその体の全てが普通のミノタウロスの倍はある。万が一気付かれてあの腕で叩かれたら即死は間違いない。急に冷たい汗が出た。
ミノタウロスは焦点の合っていない血走った眼を目玉が出る勢いで見開き、荒々しい息を鼻から粘液を容赦なく飛び散らせながら噴き出し、半開きになった口からは大量の涎を垂らしながら、息を止めてじっとしているあたし達のほんの目の前、1mの所を体を揺らしながら通過していく、…と思いきやあたし達の真ん前でピタッと動きをとめた。3人の体が硬直して汗が噴き出す。
バレた?誰か音を立てたの?匂いがした?汗が背中を伝う。
巨大なミノタウロスが顔をこちらにクルッと向ける。
「ヒッ…」
体がビクッとして思わず声が出そうになった。
ミノタウロスはどちらの目玉も明後日の方へを向け何処を見ているのか分からない顔のまましばらくジッとしている。ちょうどあたしとお見合いしている位置関係だ。ほんとにやめてもらいたい。
おそらく一瞬の出来事なのだろうが、あたしには数時間の出来事のように感じた。
「早く行って~~~」
あたしは殆ど泣きながら声に出さないで叫んだ。
ミノタウロスは何もないと判断したのだろうか、そのまま顔を勢いよくブルルルンと左右に振って、鼻や涎を飛び散らせるとまた正面に向き直りゆっくり歩きだした。あたし達はミノタウロスの姿が見えなくなるまで壁にへばりついていた。
「助かった~」
相方が息を吐きだし、脱力しながら言った。
「いや~、驚きましたね!バレたのかと思った。良かった良かった」
案内人は明るい声で言った。
「‥‥全然よくなんかないわよ」
二人があたしを見て凍り付く。ミノタウロスの涎と鼻水を頭からしこたま浴びるように被ったあたしが粘着質な液体を体中から垂らしながら怒りに震えて言った。
「…あのやろう、ぬっ殺す!」